鍼灸への道,大和高田,鍼灸,奈良,美康堂鍼灸,痛み,緩和,女性院長


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書を捨てよ、鍼灸院へ出よう
この題に!ときた方はかなりの……好きですね

CIMG4989.JPG初めて鍼灸院へ行ったのは、子育て奮闘中のころでした。昔から肩こり症で、疲れがでると首周りから肩と背中にかけて重くてだるくなります。「何とかならないかなぁ…」と首を回したり、タンスやイスの角で背中の肩甲骨あたりをゴリゴリ(!)と押し付けて何とかまぎらせていました。そんなつけ刃的な方法ではどうにもならない日がやってきたのです。急に背中が差し込んできて、息苦しくなったのです。息を吸い込もうとするのですが、狭い空間に閉じ込められて酸素が薄くなってくる感じ。どうにも息が吸い込めないのです。「ええ!ここって、間違いなく日本の近畿の奈良県だよね?」オーバーだと思われるかもしれませんが、窓を開けて顔を突き出そうか…と思うくらいの辛さなのです。しばらく様子をみても、いっこうに良くならない。そのうちご飯を一口、二口食べると背中が痛み出しす始末。もうダメ、と観念して子どもを実家に預けて、いざ!鍼灸院へ。

CIMG5004.JPGちょっとビビリながら近くの鍼灸院のドアを開けると、中からはお灸のなんとも良い香り。懐かしいようでホッとするような匂い。
そういえば、おばあちゃん子の私は、どこにでも祖母の後にくっついていたっけ。祖母の通う鍼灸院の待合室の片隅に座って、治療が終わるのを待っていたっけ。
なんて遠い過去の記憶が映画の一場面のように甦ってきたのです。でもまさか、この時はお灸がヨモギでできているなんて思いもよらなかったのですが…
治療を受ける前と後とでは、まるで違う私。海底深く沈んで澱んでしまってた感覚が、鍼とお灸で少しずつ戻ってきたのです。「そう!これが本当の私なんだ!」と目の前が明るくなって、今までうつむきがちだった顔をまっすぐに上げて歩きだせたのです。
これが鍼灸とのディープ・インパクトでした。

CIMG5003.JPG生活のなかに鍼灸を取り入れながら、大きな病気をすることもなく子育ても終わりを迎えるころ。心理カウンセラーをしながら市の子育てセンターで相談員をしていました。
こころに大きな負担がかかると身体にも大きな負担がかかります。心理カウンセラーはクライエントの身体に触れての治療はできません。身体がダルイ、重い、朝が起きられない、頭が痛いと様々な症状を訴えるクライエント。それは子どもたちも同じです。
こころの不調が身体の不調を招いたとしても、時間の経過とともにどちらが先なのか、どちらが原因だったのかわからなくなるのです。まるでニワトリが先かタマゴが先かの水かけ論。
大事なのはご本人が「楽になること」 これが目的なのですから。
何とか身体からのアプローチもしたい!そんな想いが湧き上がり、押さえ切れなくなったのです。
「じゃあ、何をすればいいの?」私たちは自分の体験したこと以上のことは思いつかないものです。
…そこで、今までの仕事を辞めて、?十年ぶりの学生証を握り締め、いざ、鍼灸学校へ。

CIMG4996.JPG最近どうも調子がよくない。病院では、どこも悪いところがないと言われた。
寝れば疲れがとれたのに、朝起きても身体がだるい。
こんな経験はありませんか?病気ではないが症状があってツライ。
鍼灸はそんな方の強い味方です。
東洋医学では病気を診るのではなく、その方の体質と症状を診ます。たとえば、頭痛という同じ症状でも、ストレスから身体の‘気’の流れが悪くなり経絡(けいらく:東洋医学の独特な考え方です。身体には14の経絡があると考えられています。)が詰まったことでおきる頭痛と、風邪でおきる頭痛とでは治療が違います。
中医学ではこの考え方を「同病異治」といいます。また、「異病同治」という考え方もあります。これは一見異なる病気でも同じ治療をする、という意味です。
難しい話しはさておき、
鍼たて、灸すえ、ほら!こんなに楽になったでしょう!